「共生社会の実現」―――この言葉を耳にする機会が増えてきました。
しかし、私たちは本当の意味での「共生」について、どれだけ深く理解しているでしょうか。
25年以上にわたり特別支援教育の現場やNPO活動に携わってきた経験から、「共生」という言葉の背後にある本質的な意味と、その実現に向けた課題が見えてきました。
実は、私たちが思い描く「共生」の姿は、往々にして表面的なものに留まっているかもしれません。
この記事では、支援の現場から見えてきた「共生」の本質的な意味と、その実現に向けた具体的なアプローチについてお伝えしていきたいと思います。
「共生」の歴史的変遷と現代的解釈
私たちの社会における「共生」という概念は、時代とともに大きく進化してきました。
ここでは、その歴史的な変遷と現代における解釈について、具体的な事例を交えながら見ていきましょう。
福祉政策における「共生」概念の進化
1970年代、障がい者支援の基本的な考え方は「保護」が中心でした。
当時の福祉政策は、障がいのある方々を社会から隔離し、特別な施設で保護するという approach が主流でした。
この「保護」中心の考え方が大きく転換したのは、1981年の国際障害者年がきっかけです。
「完全参加と平等」というスローガンのもと、障がいのある方々を社会の一員として受け入れ、共に生きていくという考え方が広まり始めました。
2006年には国連で障害者権利条約が採択され、日本も2014年にこれを批准しました。
これにより、障がいのある人もない人も、誰もが社会の一員として尊重され、自分らしく生きていける社会の実現が、より具体的な目標として掲げられるようになりました。
特別支援教育から見える「共生」の実態
私が特別支援学校の教員として働いていた1990年代後半、教育現場では大きな変革の波が押し寄せていました。
それまでの「特殊教育」から「特別支援教育」へと移行する中で、支援の在り方そのものを見直す機会が生まれたのです。
具体的な例を挙げてみましょう。
私が担任していたクラスでは、近隣の小学校との交流学習を定期的に実施していました。
当初は「障がいのある子どもたちと健常の子どもたちを交流させる」という表面的な理解に留まっていましたが、実際に交流を重ねていく中で、子どもたち自身が互いの個性を自然に受け入れ、共に学び合う関係を築いていく様子が見られました。
これは、真の「共生」とはどういうものかを考えさせられる貴重な経験でした。
国際的な潮流:インクルーシブ社会に向けた取り組み
現在、世界的な潮流として注目されているのが「インクルーシブ社会」の実現です。
これは単なる「共生」を超えて、社会のあらゆる場面で、誰もが自然に参加できる環境を作っていこうという考え方です。
例えば、北欧諸国では、障がいの有無にかかわらず、誰もが同じ学校で学び、同じ職場で働き、同じ地域で暮らすことが当たり前となっています。
特に印象的だったのは、2018年にフィンランドを視察した際の経験です。
ヘルシンキの某企業では、知的障がいのある方々が一般の従業員と同じオフィスで働いており、それぞれの特性を活かした役割分担が自然に行われていました。
このような取り組みは、私たち日本社会が目指すべき「共生」の一つのモデルとなるのではないでしょうか。
ここまでお読みいただき、「共生」という言葉の持つ意味の深さや、その実現に向けた様々なアプローチについて、少しずつイメージが湧いてきたのではないでしょうか。
次のセクションでは、現場で見落とされがちな「共生」の本質について、より具体的に掘り下げていきたいと思います。
見落とされがちな「共生」の本質
「共生」という言葉は、私たちの社会で頻繁に使用されています。
しかし、その本質的な意味については、意外にも見落とされがちな側面があります。
ここでは、25年の現場経験から見えてきた「共生」の本質について、具体的な事例を交えながら掘り下げていきたいと思います。
支援する側・される側の二分法を超えて
長年の支援活動を通じて痛感してきたのは、「支援する側」と「される側」という固定的な役割分担の限界です。
実は、この二分法こそが、真の「共生」を妨げる大きな壁となっているかもしれません。
具体例を挙げてみましょう。
私がNPO法人で関わっていた就労支援プログラムでは、当初、支援者側が「教える立場」に固執していました。
しかし、活動を続ける中で、障がいのある方々から学ぶことの方が圧倒的に多いという気づきを得ました。
例えば、ある自閉症の方は、データ入力の際の細かなミスを見抜く驚くべき能力を持っていました。
この方の特性を活かすことで、業務の質が大幅に向上し、結果として組織全体にポジティティブな影響をもたらしたのです。
相互理解がもたらす新たな可能性
「共生」の本質を考える上で重要なのは、お互いの違いを認め合い、それを活かし合える関係性を構築することです。
2010年に実施した地域交流プロジェクトでは、興味深い発見がありました。
当初は障がいのある方々のための支援活動として始まったイベントが、参加者全員にとって貴重な学びの場となったのです。
具体的には、車いすの方々の視点から見た街の課題について話し合う中で、高齢者や子育て中の親にとっても有益な改善案が多数生まれました。
この経験から、相互理解は単なる「理解」を超えて、社会全体をより良くするための創造的な対話を生み出す可能性を秘めていることが分かりました。
現場から学ぶ:意外と気づかれていない共生の形
現場での経験を通じて、「共生」の形は実に多様であることを学びました。
時には、私たちが想定もしていなかった形で、自然な「共生」が実現されていることがあります。
例えば、ある特別支援学校での出来事です。
休み時間、言語でのコミュニケーションが難しい生徒と、他の生徒たちが独自の方法でコミュニケーションを取っていました。
言葉を介さない、純粋な心の交流が、そこには存在していたのです。
このような経験から、「共生」とは必ずしも制度や仕組みだけで実現されるものではなく、人々の自然な交流の中から生まれてくるものだと気づかされました。
実践の現場からみる真の「共生」
理論や制度としての「共生」を超えて、実践の現場では様々な形で真の「共生」が実現されています。
ここでは、教育現場やNPO活動、地域社会での具体的な取り組みについて見ていきましょう。
特別支援学校での学び:教育現場からの洞察
特別支援学校での9年間の経験は、「共生」の本質を理解する上で、かけがえのない学びとなりました。
印象的だったのは、児童・生徒一人ひとりが持つ可能性の無限さです。
例えば、重度の障がいがあると診断された生徒が、アート活動を通じて驚くべき表現力を見せることがありました。
この経験は、私たちの「支援」という概念自体を問い直すきっかけとなりました。
本当に必要なのは、「支援」ではなく、その人の持つ可能性を引き出す「機会」の提供なのかもしれません。
NPO活動を通じて見えてきた地域社会の可能性
NPO法人での活動では、地域社会における「共生」の新たな可能性を発見することができました。
特に印象的だったのは、2008年から始めた「まちづくりワークショップ」での経験です。
このワークショップでは、障がいのある方々が「支援される側」ではなく、地域の課題解決に向けたアイデアを提供する主体として参加しました。
その結果、バリアフリー化だけでなく、高齢者や子育て世代にも優しい、真に包括的なまちづくりの提案が生まれました。
このような地域密着型の支援活動は、各地で広がりを見せています。
例えば、東京都小金井市のあん福祉会による支援活動では、就労支援やグループホームの運営を通じて、「すべての人に開かれた場」を提供し、地域社会との深い結びつきを実現しています。
このような取り組みは、地域における共生社会実現のモデルケースとなっています。
バリアフリーネットワークが繋ぐ新しいコミュニティ
2005年から2012年まで代表理事を務めたバリアフリーネットワークでの経験は、「共生」の新しい形を示唆するものでした。
このネットワークの特徴は、障がいの有無に関係なく、誰もが対等な立場で参加できる点にありました。
例えば、月1回開催される交流会では、様々な立場の人々が集まり、それぞれの視点から地域の課題について話し合いました。
ここでの対話を通じて、「バリアフリー」とは単なる物理的な障壁の除去ではなく、心の中にある障壁を取り除いていくプロセスでもあることが明確になってきました。
このような実践的な経験を通じて、「共生」とは決して一方向的な支援ではなく、互いの存在を認め合い、共に成長していける関係性を築くことだと実感しています。
「共生」を実現するための具体的アプローチ
これまでの議論を踏まえ、ここからは「共生」を実現するための具体的なアプローチについて考えていきましょう。
実は、効果的な取り組みの多くは、現場の小さな気づきから始まっています。
当事者の声から始まる支援の再構築
支援の在り方を見直す上で最も重要なのは、当事者の声に真摯に耳を傾けることです。
2015年から関わっている障がい者支援団体では、支援プログラムの設計段階から当事者の方々に参加していただいています。
その結果、私たち支援者が「必要」だと考えていたサービスと、実際に求められているものとの間にズレがあることが分かりました。
例えば、ある視覚障がいの方から、「援助を申し出る前に、まず挨拶から始めてほしい」という声がありました。
この一言で、私たちの「支援」が時として相手の尊厳を損なう可能性があることに気づかされました。
教育・福祉・地域の連携による包括的支援
真の「共生」を実現するためには、教育機関、福祉施設、地域社会が有機的に連携する必要があります。
実際に効果を上げている取り組みとして、2018年から始まった「インクルーシブコミュニティプロジェクト」があります。
このプロジェクトでは、以下のような多層的なアプローチを採用しています:
- 特別支援学校と地域の学校との定期的な交流プログラム
- 地域企業と連携した職業訓練プログラムの実施
- 福祉施設を地域の交流拠点として活用する取り組み
特に印象的だったのは、地域の高齢者サロンと障がい者支援施設の協働です。
高齢者の方々が持つ豊富な経験と、障がいのある方々の新鮮な視点が出会うことで、予想以上に豊かな交流が生まれました。
成功事例に学ぶ:持続可能な共生社会の構築
持続可能な共生社会を構築するためには、一時的なイベントではなく、継続的な取り組みが重要です。
ある地方都市での成功事例を紹介しましょう。
この街では、障がい者支援施設が運営するカフェが、地域の人々の自然な交流の場となっています。
重要なのは、このカフェが「福祉施設」としてではなく、「地域の素敵なカフェ」として認知されている点です。
障がいのあるスタッフと地域の人々が自然に交流し、お互いの存在を当たり前のものとして受け入れている姿は、真の「共生」の一つの形を示しています。
これからの「共生」社会に向けて
私たちの社会は今、大きな転換点を迎えています。
テクノロジーの進化や価値観の多様化は、「共生」の新たな可能性を開いています。
テクノロジーの進化がもたらす新たな可能性
最新のテクノロジーは、障がいのある方々の生活を大きく変えつつあります。
例えば、AIを活用したコミュニケーション支援ツールは、言語障がいのある方々の表現の可能性を広げています。
しかし、ここで忘れてはならないのは、テクノロジーはあくまでも手段であり、目的ではないという点です。
重要なのは、これらのツールを通じて、人と人とのつながりをいかに深められるかということです。
若い世代との対話から生まれる新しい視点
最近の若い世代との対話で、特に心強く感じるのは、彼らの柔軟な価値観です。
特別支援学校での教育実習生との交流では、「障がい」を個性の一つとして自然に受け入れる姿勢が印象的でした。
このような新しい世代の感性は、既存の「支援」の枠組みを超えた、より自然な「共生」の形を示唆しているように思います。
多様性を活かした社会デザインの重要性
これからの社会デザインにおいて重要なのは、多様性を「課題」ではなく「資源」として捉える視点です。
一人ひとりの異なる特性や能力が、社会全体の創造性と革新性を高める源泉となり得るのです。
例えば、ユニバーサルデザインの考え方は、障がいのある方々のニーズから生まれましたが、結果として全ての人にとって使いやすい製品やサービスを生み出しています。
まとめ
25年の現場経験を通じて、「共生」の本質的な意味について、多くの気づきを得ることができました。
それは、以下のような点に集約されます:
- 「支援する側」「される側」という二分法を超えた、相互理解の重要性
- 一人ひとりの個性や可能性を活かせる社会システムの構築
- 継続的な対話と実践を通じた、自然な「共生」の実現
これからの社会において、私たち一人ひとりができることは何でしょうか。
それは、まず身近な場所から、お互いの違いを認め合い、尊重し合える関係性を築いていくことかもしれません。
小さな気づきや行動の積み重ねが、やがて大きな社会の変化につながっていくはずです。
真の「共生社会」の実現に向けて、私たち一人ひとりができることから、着実に歩みを進めていきましょう。
最終更新日 2025年6月27日 by lautruche